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教育基本法・連続学習会2005
広げよう、深めよう「みんなで語る教育基本法」
わたしたちの願う教育・学校とは・・・
−−『みんなで語ろう教育基本法』出版記念集会(概要)−−
                       2005年3月26日(土)午前10時から12時
                        場所 京都教育文化センター101号室


「『人格の完成』をめざす教育基本法を生かして平和を希求する教育か、『人材の育成』をめざす、教育基本法改悪で再び『戦争する国づくり』 の教育か」をテーマにした出版記念集会には約50名のご参加があり、講演・交流と、充実した集会となりました。

  被爆60年・教育基本法58年を記念して出版された本「みんなで語ろう 教育基本法」の出版記念集会が、2005年3月26日(土) 午前10時〜12時に、京都教育文化センター101号室で行われ、約50名の参加で、講演・交流と充実した集会となりました。

  集会は、京都府立大学の築山崇さんの司会で始まり、京都府立大学名誉教授の井口和起さんが「現代史からみた憲法・教育基本法」という題で、記念講演をされました。

  その後、集会参加者から各地域での子どもや教育基本法を守る取り組みなどの報告や講演を受けての意見の交流が行われました。

  京都教育センターでは、2005年も引き続き「教育基本法」についての学習会や集会に取り組んでいく予定です。

 

司会および野中一也京都教育センター代表の挨拶


司会: 今日はこの一年間の学習の内容や声を集めた「みんなで語ろう教育基本法」の本の出版記念集会と、東京で行われている教育基本法を守る集会と連帯して行っている。本の出版に関しては、短期間にたくさんの方からの寄付もいただきありがとうございました。

野中一也京都教育センター代表 挨拶(要旨)  私たちは戦争責任をしっかり自覚していくことが大事ではないかと思う。私の師は、「民族と教育」という本を書いて、戦争に青年を送り出していった。彼は、どう考えていたのか。「きけわだつみ」で、青年が死んでいくが、自分が直接手を出してはいないけれども、部下が人を殺して、戦争責任を問われている。私たちも戦争責任を持っている。その自覚の元に、教育基本法を守る運動に参画していきたい。

司会: 昨年は「みんなで語ろう」と言うことで毎月行ってきたが、今年は隔月で「広げよう・深めよう」ということで、取り組んで行きたい。今日は、京都府立大学名誉教授の井口和起先生の「現代史から見た憲法・教育基本法」ということでお話をいただく。

「現代史からみた憲法・教育基本法」
−−井口和起京都府立大学名誉教授の講演(要旨)−−
 ここに掲載した講演記録(要旨)は、当日の記録にもとづいて京都教育センター事務局の責任で編集したものです。
 今日は、憲法・教育基本法をもとに話をしたい。「現代からみた」と言う点で、参考文献の中で紹介しているように、佐々木隆璽さんが『新しい歴史教育』というのを10年前に、大月書店から出しておられる。佐々木隆璽さんは「戦後史をどう構想するか」ということを書いていて、憲法を「歴史を理解する権威ある文献」として書いている。だれが書いたかという、特定の個人の見解が憲法の中に示されているわけではなくて、第一次世界大戦後からの人類自身の経験から生まれた普遍的な意味合いを持つ価値の、ひとつの段階を示すものとして憲法がある。

 この憲法が目指しているものは、一番目は、地上から「専制と隷従」「圧迫と偏狭」を追放し、「恒久平和」を実現する展望と可能性を示した時代の始まりで、二番目は「すべての国民がひとしく「恐怖と欠乏から解放」され、「基本的人権と幸福追求の権利を保障」され、「平和のうちに生存」できる世界を築く展望と可能性を示した。しかし、「未だ、これらはすべての国や人々が尊守する原理にまではなっていない。」だから、「国家の名誉にかけ、全力をあげる必要がある。」と言われている。これを歴史から言えば、恒久平和への希望を人類が歩み始めた時代といえるが、同時に、こうした高度の理念を反映しつつ、なおかつ他民族を支配しようとするものを残存している過渡的な時期といえる。そんな時代の中で、私たちが、何を選択し、どう進んでいくのかが問われる時代である。

 佐々木氏によれば、「民衆の自治的能力の成長とそれに基づいた民主主義社会をつくりあげる展望と可能性が飛躍的に増大した。」しかし、他方で「戦後改革は、精神革命が未完の政治革命」であると言われている。

 未だに、覇権主義的な勢力もあり、なおそれに抗して平和的な存続を求める勢力が増大する時代であると言われる。たとえば、1971年に「東南アジアにおける友好協力条約」また1997年に「東南アジア非核兵器地帯条約」ができ、バンドン会議からの精神を引き継ぎ発展させる形で、これは、東南アジアに置ける宣言となっている。これを読むと「可能な限り」となってはいるが、「何か紛争が起こった場合には、極力平和的に解決を目指す。」と書いており、日本の憲法9条だけが平和的解決を求めているものではないことがわかる。「憲法9条」は、世界の人々や国家にも認められ、紛争の平和的な解決を追求する時代である。

 しかし、国連で「集団的自衛権」をまだ認めており、それを根拠に戦争の策動もある。だから「真の安全保障」をどう確立していくのかが求められている。東南アジアでも非核の大きな動きがあり、私たち日本はどっちの方向に向かっていくのか、ということである。

 教育基本法に関しては、制定時は、憲法との関連を持ちながらも「どうするのか」ということで、なかなか決まらなかったという経過があり、いろいろな案も出されていた。これは1945年の「京都教育勅語案」というもので、B5の版が正式なもので、国会図書館で見つけたものである。佐藤秀夫さんという国立教育研究所調査室の室長だった人が「文教」という雑誌に1981年に書いている。それによれば、アメリカの文献にあたった中に、当時アメリカ占領軍のシーフェリンという人がCIE局長あてに手紙を出していたのが見つかって、それに添付されていたものが、この「京都教育勅語案」である。

 どんな内容を手紙で書いているかと言えば、「私が日本の教育者と話していて感じるのは、1890年の教育勅語が日本の教師に信頼されていることで、教師の心の中にある。だから、教育勅語という形で新勅語を出せば、うまくいくのではないか。ある日本人教育者に試論を書いてみるように進めた。彼は、試論で、日本人の心情に適応したものを提出している。本人の名前は伏せてくれ と言っている。これを教育勅語に替えるべきである。それを速やかにすべきである。」という。その後、シーフェリンという人のいう人は、同志社大学の教授で有賀鉄太郎という人であることが確定された。本人の日記や、科学警察研究所の筆跡鑑定で間違いがないことがわかった。

 これは、どういう意味を持つのか。太い下線の部分は、戦前の教育の反省である。これを読むと、有賀さんはキリスト教徒で、たぶんに当時の戦争政策には同調してきて、日本キリスト教などを言い、現在の教育基本法から見ればいろいろ問題も含むが、自由・平等・個性の尊重・人格の完成など現在の教育基本法と重なる部分もあると言える。これには、大正デモクラシーが反映しているといえるのではないか。これが、戦後、初めての「日本人による戦後教育の反省が書かれたもの」だと言える。戦後のこの時期は、天皇をどうするかという問題もあり、勅語という形が良いと言われたり、いろいろ議論がある中で、先に憲法の方が決まったという経過がある。

 京都教育センター発行の「みんなで語ろう教育基本法」という本はまだ詳しくは読んでいないが、ここには専門家が多いので詳しくは言わないが、一言だけ言っておけば、教育基本法の第3条の「機会均等」という点で、「・・・・門地により」とあるが、最初に占領軍は、「門地」というのはなく、「・・・・国籍」と考えていた。在日朝鮮人なども問題もあるが、これを「門地」に変えてしまった。そういうふうに憲法・教育基本法にも過渡的なものが入っている。教育基本法は、国連のユネスコ憲章などにも関連しており、国際的な到達点を反映しているが、同時に過渡的な部分も含んでいると言える。1974年のユネスコでの答申などでも、「国際教育の重要性」は語られる。しかし、これらは理念を変えられて「日本の伝統文化への理解」とか言われ、現実の教育の中では「復古主義的な教育」に陥ってしまっている。2000年にタイで開かれた会合でも、日本の「歴史教育」に対する非難があがっている。教育についても、日本は世界の動きに対して逆な動きをしていると言える。

 最近、また竹島問題が生じて、日韓の交流が難しくなるのではないかと懸念している。あらゆる所で、日本は瓦解を始めているのではないかと思う。


「新教育勅語(草案)」(「京都教育勅語案」1945.12.5〜9.) 略


質疑応答・交流

○ EUが新しい憲法を制定したが、このEUの動きと東アジアの動きをどう関連して見たらよいのか。

○ 学校教育に関して「現代史から見て」という視点が、中学・高校では古代から教えているが、歴史教育の踏まえ方を教えてほしい。

○ 「人類史を段階を示す日本国憲法」に感銘したが、「戦後改革」は現在も含めてだと思うが、この「未完成」というのは、どういうことなのか。

井口: 地域共同体の問題は大変難しいが、現在は東南アジアを含めて東アジア共同体、また東北アジア共同体といってアメリカを含めているものもある。東南アジアの友好平和条約というのは、東アジアの一つのあり方を展望させている。EUなど、いわゆる集団的自衛権などというもので軍事条約ではないというが、前途は洋々たるものがある。  歴史教育は、いろいろな組み立て方をやっておられる方もあり、歴史学は古い時代から教えるというのは、ある意味では正当性をもっていて、古い時代から生じたものが次に繋がっているので、私も逆に遡るというのをやったことがあるが、学生には不評だった。

 現代の歴史的課題をどう教えていくのか、が、歴史的にどのように形成されてきて、どうなっているのかが教えていられていないことが問題である。例えば「環境問題」を歴史的に教えていくというのも、きちんとはやられていない。

 精神革命の未完というのは、現代でも未完なのではないか。ムッソリーニやヒトラーのような終わり方ではなく、戦争勢力を「温存したまま」戦後の改革を始めるということから、最初の挨拶の中で野中さんが述べられたように、政治の分野でも残っている。例えば「内務省」はなくなったが「町会」は町内会として残っており、それは支配体制を支えていたものである。それを一つ一つ壊していこうというのも戦後の取り組みであった。

○ 歴史的事実と歴史的真実、簡単に言えば事実と真実と戦後話をしてきた。「わだつみの声」の中に「事実は真実ではない」というのがあって、謎を呼んでいる。しかし、最近の報道で「事実=真実」と扱われているが、しかし、やはり分けなければならない。歴史の中ではどのように分けているのか。731部隊、南京大虐殺は「事実」であったが、「真実」であったのかどうか。報道では、「難解」ということになって、「100人歴史から言えば100通りの歴史観がある」とも言われるが、哲学的には歴史的ニヒリズムだと思っているが、今後も「事実」「真実」を考えていかなければならない。

○ 18才までは軍国少年で海軍兵学校で、20才で日本国憲法ができた。終戦でどうなるかわからない時に日本国憲法ができて、人生観を確立するときの大きな基礎になった。現代史という時に、78才になった私は、「事実」と「真実」というときに、原爆の広島の惨状をそこを通って見てきたが、客観的事実と主観的な事実認識が一致したときに、真実になり、自分の人生感になるのではないか。自分の生活体験からでているのではあるが。

○ 2度にわたって井口先生に、電話で尋ねた時があったが、以前に「少女の出陣」という本を出して、その中に井口先生が年表を書かれたが、731部隊の問題、南京大虐殺の問題、中国人の強制連行・従軍慰安婦問題を日本の「3大加害」と認識しているが、井口先生の意見を聞きたい。

○ 山科の取り組みを報告したい。山科では昨年来、中学ブロックでの教育懇談会を実施し、今年の2月には山科教育集会も開催している。また、音羽川小学校保護者の35人以下学級の実現の取り組みや、春の教育基本法改悪反対の学習会企画についても進めている。

○ 南区に住んでいる。戦前の教育を徹底して受けていた。戦後それが嘘だったと言うことでたいへんびっくりした。教育が真実を教えていくことが一番大切だと思った。南区で教育を語る会をつくって、西条先生、久保先生、得丸先生などに来てもらって、学習会を進めてきた。今年度も取り組みの計画を立てるつもりである。現場の先生が大変忙しい。続けてやっている。

○ 人形劇団京芸にいる。文化が本当に育っているのだろうか、昆布を育てているのにも40年かかったというから、文化を育てるというのも時間がかかるのだろう。人形劇団を通してやってきたことはたくさんあるが、先生方の話をいろいろ聞いて「あ、汚れている原因はコレだな」というもの感じて、ぼくとしては今日の集会はたいへん勉強になった。

○ 京都市の教育現状で、「少人数学習でたいへん素晴らしい教育をしている」というのがあったが、「本当かな」と思っていたが、宇治市でも「京都のこのような少人数学習をしてほしい」という声があり、実際の所は、どうなのか。

○ 少人数学習については、3クラスを4学習集団に分けたり、1クラスを2名で取り組みをするだの学校により差があるが、「1.教科書通り教えるようになる」「2.学年の打ち合わせができない」「3.子どもの中での差別感情・学習意欲の減少」などがある。そして「落ちこぼれ教育」の克服のため役立つのではないかという父母の期待を逆手にとっている。

○ 宇治の教師。「教師の中でFDを渡す。」という仕事の伝え方になっている。何か抜けているものがある。それは「どういう子を育てるか」である。それを若い教師に伝えていかなければならない。

井口: 「少女の出陣」という本の中での年表の中で、何故3つのことを入れなかったのか、という質問があったが、本には「少女たちの理解に関して」年表を入れたのであって、一般的な歴史年表を入れたのではない。本文で全く出てこないようなことを年表だけで語るのは、不親切という意味もある。  「現在の教育荒廃の原因は教育基本法にある」などというばかげた議論があるが、戦争の中で国家はいったいどうなったのか、・・・・証明抜きの議論だが、インターネットでは、あきれかえるような議論が蔓延している。  世界史的にみれば、9月2日の調印が真の終戦記念日であって、8月15日は「天皇の言葉が出た」ということであって、終戦ではない。だから、今でも精神革命の未完が続いているといえる。  新しい歴史教科書では「聖戦=アジアの解放のため」という意図があって、そのことを言わないで、そこから歴史を組み立てている。都合の悪いことは「隠して」しまっている。我々は、事実から出発して真実をさぐっていくものである。

○ 出版関係にいる。妹や友人を見るにつけ、「我が子を学校についていかせるために何をすれば良いのか」という気持ちになっている。(サバイバル競争意識)、子どものために良い文化をと言えば「我が子を落ちこぼすためにしているようなものだ」との非難を受ける。「ひろば」を読んでいても、教育に関わらない者も、教育を考える機会があるように、私も何かにたずさわらせていただいて、取り組んでいきたい。


淵田事務局長: みなさんのおかげですてきな本ができた。11月から呼びかけて、二百数十人から60万円近いカンパが集まった。これでゴーサインが出た。お礼と、ミスもあるのでお詫びも言いたい。今日は、教育基本法を守る全国集会が東京であり、京都からも新幹線を借り切って、東京の集会に行っている。昨年の月例の集会(教育基本法連続学習会)は、毎回30人程度だったが、その積み重ねの中で本をつくり、500人に送り、これから地域でも広げていきたい。やはりこつこつと取り組む事が大事だ。
 
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